〜少女〜
 
川辺の夕方を一人の少女が歩いている。
この近所にある中学の制服を着てカバンを持っているところを見ると下校途中といったところか、
「ん?」
前方に大きな人がいた、普段から周りを気にするような事をしているわけではない
しかし、この先に立ってこちらを見ている黒いコートを着た男が周囲から明らかに浮いて見えてしまっている
なぜか目に付いてしまうのだ。
明らかに男の周りだけ空気が違う。
少女は気味が悪くなったがどうしても気になってしまった。
なぜだろう、気がつくと少女は男に話しかけていた。
「あの・・・」
「え?」
男が目を見開いた
「僕が見えるのか?」
男は明らかに動揺している、本当に見られたことが意外だったらしい
少女も動揺しながらも次の言葉を絞り出す
「え、えぇ見えますけど、何を言っているの・・・?」
男の方はすでに落ち着いていた、なにやら一人で納得したらしい
「そうか、見えるという話は聞いたことがあったが、まさか僕が当たるとは」
一人笑いながら、少女に説明を始めた。
「僕は死神なんだ、もうすぐ死ぬ人の傍に憑き死を看取るために来た、この場合君だ
死神は普通見えないし触れないはずなんだけど君には見えるらしいね。」
死神と名乗った男は自分にも言い聞かせるように、少女にもわかるように説明を続ける
「まれに見える人間もいるみたいだけどね、その中に君も当てはまるみたいだ。でも触えはしないみたいだね」
そういって少女の肩に手を伸ばしたがそのまますり抜けてしまった。
ここでやっと落ち着きを取り戻したのか少女は死神に質問を投げかけた
「そう、死神さんなんだ。私って後どのくらいで死ぬの?どうやって死ぬの?」
少女はやけに落ち着いているように見える
「君は自分が死ぬと言われて取り乱さないのかい?普通の人間ならば多少の混乱があっても不思議じゃないと思うんだけどね。」
少しおどけたように、本心からの質問のように話した後こう続けた
「正確には分からないよ、多分半月以内じゃないかな?別に今すぐ死んでもおかしくはないよ。死に方は分からない」
少女は驚いた様子も見せずにでも悲しげに微笑みながら頷いた
「ふーん、分かったありがと。もう家に帰るんだけど憑いて来るんでしょう?」
少女は川沿いの道を歩き出した。
死神もそれにならって歩き出す。
歩きながらまた言葉を口にする。
「君は簡単に死や僕のことを受け入れるね。」
少女は振り向きもせずに普通に友人と話すように答えた。
「だってホントなんでしょ?それに・・・」
少女の表情が曇ったように死神には見えた。
この後家までの間にこれ以上は会話はなかった。
家に着いた後少女は死神が家族に見えないことを確認すると死神と共に玄関をくぐった。
少女はまるで死神など居ないかのように家庭内では振舞った。
いつもと変わらない、どこか影のある感じはするもののそれは以前からあるものだ。
少女が風呂に入るとき死神が着いて行こうとしたら死神は勢いよく蹴られそうになったが少女の足は死神の体をすり抜けた。
少女が自室に戻ると壁にもたれかかり膝を抱えうつむいている、やがて口を開いた
「私、死んじゃうんだよね・・・」
部屋を見回していた死神は少女に向き直り答える
「あぁ、そうだね」
少女に死神の言葉が聞こえているのかは分からない
ただ、言葉を発し続ける
「なんで、私なんだろうね」
こんな言葉にも律儀に死神は返事を返す
「そんなのは理由なんかないよ、ただの偶然さ」
いったいいくつぐらいの言葉を交わしたか、いや発したか
しばらくお互いが上の空の、独り言のような会話が続けているとふいに少女が顔を上げた
「ねぇ、いままで人と話したことってあるの?」
死神はいきなりの質問に一瞬言葉を詰まらせたが正直に答える。
「いや、話すどころか僕を認知すらしてもらえなかったよ。だから君が始めてさ」
今度は上の空ではなく普通の会話のように死神と少女の会話が成り立っていく
「それじゃぁ今まで寂しくなかったの?」
「いや、それが普通だと思っていたからね。今回のことのほうが違和感があるよ」
少女は次々に質問を投げかける
「じゃぁ、初めての感想は?」
笑顔を作ったような表情で少女が言う
「少し怖いかな、でも嫌じゃない。嫌じゃないだけ怖いんだ」
少し考えながら死神がいった
「どういうこと?」
本当に分からないといった表情で首をかしげて聞く
さっきの暗い雰囲気などもはや感じられない、でもどこかしらに影がある
「君が死んだときのことを考えると、」
ここで言葉を区切り言葉を選ぶようにして天を仰いでから続ける
「うん、やっぱり怖いんだ。ひとつの生が消える瞬間というものはいくら見てもなれることができるものではないよ」
少女は意外そうな顔をしながらふーんと気のない返事をしたっきりベットにはいり眠ってしまった。
翌朝、目覚まし時計の音により目覚めた少女は朝食をとり身支度を整える
着替えの際死神は部屋を追い出された。
少女は学校に行くため家を出る
死神も憑いていく、特に会話もなく教室に到着する
談笑しているものから読書しているものまで行動は人それぞれだ、少女は黙って机に座り一点を見つめていた
そこに気の弱そうな男子生徒が教室に入ってきた、その生徒の周りに談笑していた一部の生徒が集まり何か始まったようだ
「君は他の人とは話さないのかい?」
死神が唐突に質問をする
「話すような人がいないから・・・」
周りに聞こえないよう小声で、死神にだけ聞こえるように少女は答えた
「それでは寂しいと感じることはないのかい?」
死神の問いかけに少女は小さく頷いた。
「ならば誰かに話しかければいい」
「いい、気まずいから。気まずいのは嫌だから。」
少女が答える、やはり声は小さい
「気まずい?それは仕方がないだろう、初めはそうなるものだ。」
死神は平然と答えた
「経験が豊富なら気まずさを紛らわすこともできるけどまだ私はできないの、
だから、その気まずさがいじめとかにつながるのが怖い。」
そう答えるのとほぼ同時に教師が教室に入ってきた。
少女は授業をすべて聞き流した。
一種の自暴自棄だろう。
確かに半月以内に死ぬ予定なのに勉強などする意味がない。
ただ、学校だけは親が心配するので来たそれだけだ。
授業中死神は教師の話を熱心に聞いていた、よほど興味を惹かれたらしい。
特に歴史の授業がお気に入りのようだ。
人間とは面白いなどとつぶやいていてような気がする。
昼休みも少女は一人で過ごした。
放課後、いつもと同じ、昨日と同じ通学路で下校する。
その最中に少女は死神の名前を聞いたが教えてはくれなかった。
そんな毎日が繰り返され3日が過ぎた、今日は土曜日だ。
お昼ごろまで寝ていた少女は死神と一緒に午後の散歩にでかけた。
他愛のない話をしながら歩いていると一人の男性がこっちを見ていた。
それはそうだ、この少女は周りから見れば妙な独り言を言っているようにしか見えないのだ。
少女の頬がかすかに赤くなる。
その後は気恥ずかしくなったのか一言もしゃべらずに帰宅した。
休日を特に何もせず、する意欲も起きずに死神と2人での会話に使ってしまい月曜日になった。
教室には、やはり上の空で聞く少女と熱心に話を聞く死神の姿があった。
この日の学校は何もなく終わった
放課後、少女は無言で帰宅していた。
そんな中、ふいに死神がこんなことを言い出した。
「クラスの人間に話しかけてみたらどうだい?」
いきなりの提案に少女は理解できなかった、ついつい間抜けな声を上げてしまう
「へ?」
「クラスの人間に話しかけてみたらどうだと言ったんだ」
もう一度死神が繰り返した。
「いきなりなんで?」
当然の疑問を口にする少女
「なに、残り少ない命だ。最後に行動を起こしてみるのもいいだろう。もうすぐ死ぬんだ、怖がることはない」
死神が言う、少女も頷き同意したようだ
「へへ、月曜日の朝に話しかけてみよう」
もう彼女に以前のような影はなかった。
死神と会話したことにより彼女に自信がついたのかもしれない、それと死と直面したことでの開き直りが合わさってっ彼女の影を消したのかもしれない
彼女は満面の笑みで駆け出した月曜日が楽しみになったのだろうか。
大通りに近づいていたため人が多くあまり早くは走れていない。
それを死神も追いかけていく。
突然だった。
いや、人の死は突然なのだからどこにも不審な点はない。
その日の夜、少女の家は燃えていた
少女の両親は今にも飛び出さん勢いで少女の名を叫んでいる。
死神はすでにここにはいない。
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